菜切(なきり)地蔵〔源平屋島合戦古戦場〕

史跡

指定区分   市登録史跡

登録年月日 平成18年10月10日

所在地    牟礼町牟礼 「たかまっぷ」で地図を表示する

解説
 神櫛王墓南方の丘の上にある。地蔵堂の中央正面に地蔵菩薩の石彫、右側に室町時代以後と考えられる五輪塔の変形的なもの、左側に十一面観音の石彫を安置している。中央・左とも最近の作である。土地の人は右側の石塔を地蔵と呼んでおり、弁慶が地蔵の背中をまな板がわりにして大長刀で菜を切ったと伝えている。『全讃史』は、「武蔵坊弁慶石地蔵の背に長刀を以って菜を切り汁となして義経に奉る。時に義経『弁慶がこしらえし菜は武蔵坊』。弁慶はこれにこたえ『それを知りつつ九郎判官』」と記している。
 この辺一帯の集落名を今も菜切と称している。
 〜 牟礼町2005年『牟礼町誌』より抜粋 〜

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