総門〔源平屋島合戦古戦場〕

史跡

指定区分   市登録史跡

登録年月日 平成18年10月10日

所在地    牟礼町牟礼 「たかまっぷ」で地図を表示する

解説
 神櫛王墓の北約200メートル、旧庵治街道の傍らにある。寿永2年(1183)9月、平氏は安徳天皇を奉じて、屋島の行宮(内裏)ができるまで六萬寺を行在所とした。この時、ここに門を構えて海辺の防御に備え、また上陸の拠点とした。総門は、その遺跡である。源氏が平氏軍を急襲した際、ここはたちまち源氏軍の占領するところとなり、故に里人はここを源氏の総門という。高松藩主松平頼重(英公)は衡門(かぶきもん=冠木門)を建ててその古跡を表した。
 現在の総門の南東に木戸(城戸)と呼ばれる集落がある。そこで、ここに総門があったのではないかとする説がある。英公は世人に広く知らせるため、今の街道筋に建てたのではないかといわれている。
 〜 牟礼町2005年『牟礼町誌』より抜粋 〜

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