佐藤継信(つぐのぶ)の墓〔源平屋島合戦古戦場〕

史跡

指定区分   市登録史跡

登録年月日 平成18年10月10日

所在地    牟礼町牟礼 「たかまっぷ」で地図を表示する

解説
 神櫛王墓の東隣にある。もとは今の墓の後の王墓池(平田池)の地にあったが、正保2年(1645)にこの池を築造した時、今の地に移した。寛永20年(1643)に初代高松藩主松平頼重(英公)が新たに標石を建てた。今の柵内の左奥にあり、後ろに五輪の石の墓塔がある。その標石の表は「佐藤次信墓」、裏には「寛永癸未仲夏上浣建之」とある(寛永癸未は1643年、仲夏は陰暦の5月、上浣は上旬のこと)。その後、昭和6年(1931)5月、継信公30世の孫、山形県人佐藤信古がこの墓地に大改修を加え、佐藤氏念祖碑や鎌田兵衛慰疑塚碑を建てて面目を一新、今日のような墓地公園となった。
 〜 牟礼町2005年『牟礼町誌』より抜粋 〜

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