藤尾城跡

史跡

指定区分   市指定史跡

指定年月日 昭和51年7月3日

所在地    宇佐神社(高松市香西本町465) 「たかまっぷ」で地図を表示する

解説
 中世の平山城として、標高20メートルの磯崎山頂上に本丸を設け、山麓の東・南・北に堀をめぐらし、西に空堀を造り、防衛の城として好適の条件を備えていた。現在の町割り(二の丸・天神郭など)から当時の規模を推察することができる。藤尾城は香西の町を拓(ひら)いた城であり、本丸跡には宇佐八幡神社が祀(まつ)られている。
 香西氏は、中世の讃岐の豪族で、内海の島々を支配し、海外貿易を行い、18代、365年間にわたり中讃地方に栄えた名氏族であった。長宗我部元親が、四国平定の軍を阿波・讃岐へ進めつつあった動乱期に、香西佳清(よしきよ)(18代)は、磯崎山に本城(藤尾城)、作山(つくりやま)に副城(作山城)、海に臨んで出城(芝山城)の構築工事を始めた。天正10年(1582)8月、長宗我部軍と激戦の末、和議を結んだ。天正13年秀吉の四国征伐によって廃城となった。
〜 高松市歴史民俗協会・高松市文化財保護協会1992年『高松の文化財』より抜粋 〜 

写真


もどる

↑このページの上へ