大井戸(おおいど)

史跡

指定区分   市指定史跡

指定年月日 昭和50年10月23日

所在地    瓦町 「たかまっぷ」で地図を表示する

解説
 讃岐の領主となった生駒家初代藩主親正は、天正16年(1588)香東川の砂州(さす)上に高松城を築城し、城下に武士・町人などを住まわせ、城下町をつくったが、香東川の氾濫(はんらん)がしばしばあり、治水に苦しんでいた。生駒家4代高俊のとき、津藩から招かれた西嶋八兵衛によって、石清尾山麓の東西を分流していた川の流れを堰(せき)止め西に一本化させた。その後、城下町の発展にともなって諸用水が不足するようになり、初代高松藩主松平頼重のとき、給水地や井戸を整備し、地中に暗渠(あんきょ)を埋設して各所に給水した。
 これらの給水源のなかで、亀井戸・大井戸・今井戸などが特に有名であったが、現存する井戸は大井戸のみとなった。
 石積の東北隅には引水口があり、樋(とい)材が残っている。江戸時代初期の水道遺構として、水に乏しい高松市にとって、貴重な史跡である。
〜 高松市歴史民俗協会・高松市文化財保護協会1992年『高松の文化財』より抜粋 〜 

大井戸の写真


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