高松市茶臼山古墳

史跡

指定区分   県指定史跡

指定年月日 昭和45年8月8日

所在地    高松市前田西町、新田町、東山崎町 「たかまっぷ」で地図を表示する

解説
 高松平野の東部、茶臼山の山頂部を利用して築かれた全長75メートルの前方後円墳である。昭和44年(1969)の発掘調査により、後円部中央に2つの石室が発見された。大きな方の石室からは、鍬形石と呼ばれる腕輪の一種が2個、鏡(画文帯重列式神獣鏡)が1面等副葬品が発見された。鍬形石は県内唯一の事例で、四国でも他に徳島市の巽(たつみ)山古墳の例があるのみである。
 大和の勢力者から分配を受けたものと考えられ、茶臼山古墳の被葬者が近畿地方と密接な関係にあった証拠とされている。石室も近畿地方にみられる構造をしていることが知られている。約6キロ西方の石清尾山古墳群との関係で語られることも多く、被葬者が大和勢力によって高松平野に打ち込まれた楔(くさび)のような政治的な役目を持っていたといわれる。しかし、石室が東西に築かれる等、地元色もうかがわれる。
〜 高松市歴史民俗協会・高松市文化財保護協会1992年『高松の文化財』より抜粋 〜 

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