生駒家時代讃岐高松城屋敷割図 付同引伸図

書跡

指定区分   市指定有形文化財

指定年月日 昭和50年3月13日

所在地    高松市歴史資料館(高松市昭和町一丁目2−20)

解説
 高松城は生駒親正によって天正16年(1588)に築城が開始された水城である。生駒家は2代一正、3代正俊、4代高俊と続くが、高俊の代になって家臣同士の争いから、出羽国由利郡矢島1万石に転封された。
 本図は転封後、一時讃岐国を預かった伊予3藩のうち、大洲藩主の加藤家に伝わり、さらにその後、福家惣衛氏から高松市に委譲されたものである。縦35センチ、横45.2センチで、城郭および町割を墨書し、一部彩色が施されている。寛永15〜16年(1638〜39)頃の状況を描いたと考えられている。なお、同引伸図は「讃岐国高松城図寛永17年(1640)生駒家封地没収大洲藩主加藤泰興預当時」と大書きされている。
 城内は各曲輪の配置が描かれ、各曲輪の大きさ、堀幅などが記載されており、天守は4重との記載が見える。外堀の内側は武家屋敷が建ち並んでおり、各屋敷には居住者の名前が記載されている。また、外堀の外側には町屋が描かれ、丸亀町の南端が城下の南端になっていることがうかがえる。生駒家時代の高松城および城下の様子がうかがえる貴重な資料と言える。

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