脇差 銘 讃州住盈永(さんしゅうじゅうみつなが)

工芸品

指定区分   市指定有形文化財

指定年月日 昭和50年3月13日

所在地    香川県立ミュージアム(高松市玉藻町5−5)

解説
 盈永(みつなが)は通称を真部久左衛門と称し、仏生山で生まれ、大坂の尾崎源五右衛門助隆に師事した。その後、刀工として仏生山において作刀するが、高松藩8代藩主頼儀の命で、寛政8〜9年(1796〜97)に高松城西之丸において刀と脇差の制作を行い、後に藩工となった人物である。師を凌駕する作刀を見るなど刀工としての技量は抜群であるが、藩工として中央に出ず、作刀数が少ない。寛政5年(1793)〜文政6年(1823)銘の作品が残る。
 脇差で、刃長55.7センチ、反り0.9センチを測る。造込は鎬造、庵棟(いおりむね)、中鋒、反り浅し。鍛は小板目よくつみ梨地風。刃文は中直刃調に浅い湾れ交り匂い深く小沸(にえ)よくつく。帽子は表裏直中丸。彫物は表裏二筋樋。茎は生(う)ぶ、入山形、鑢(やすり)目化粧鑢かかり大筋違、目釘穴一。
 高松松平家に保存されていたものである。地鉄の精美、彫物の二筋樋も美しい。拵(こしらえ)の華麗さとその優美さは、藩主好みの善美をつくし、主従の心情がよく表れた作品である。裏銘には「寛政九丁巳年(1797)八月鍛之」とある。なお、同月に作成されたもの以降に「讃州臣盈永」の銘のあるものがあることから、この頃に藩工に登用されたと考えられる。

刀の写真


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