後深草天皇宸翰御消息 (十二月十日)

古文書

指定区分   重要文化財

指定年月日 明治35年6月9日

所在地    法然寺(高松市仏生山町甲3215−1)

解説
 寺伝によると「亀山院宸翰(かめやまいんしんかん)」と伝えていたが、花押(かおう)や筆跡、内容等から後深草天皇(89代)が書かれた文書(宸翰)であることが明らかとなった。縦31.3センチ・横50センチ余の紙2枚に書かれたものであるが、今は継ぎ合わせて横1メートルの軸仕立てとなっている。
 他の宸翰と同じようにあて名は書いていないが、皇室と特別関係深い浄土宗の高僧にあてたものと考えられ、父の後嵯峨(ごさが)上皇が嵯峨に建てられた、浄金剛院(じょうこんごういん)の第2代長老覚道上人(かくどうしょうにん)にあてたものであろうと推察される。内容は「この間連日参り疲労のことと思います。心静かな談論に別願が重大であることがわかり、有難く思います。仏法の深い意味がつくづく感ぜられ、また弁説が祖師法然上人にもまさる程で感服しました。私も信仰を深めたいと思います。」とある。
〜 高松市歴史民俗協会・高松市文化財保護協会1992年『高松の文化財』より抜粋 〜 

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