「英国的暮らし指南〜英国を旅して、住んでみて〜」

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はじめに

20代のころ、憧れていたローラ・アシュレイやリバティのインテリア。そんなデザインやインテリアに触れたくて、休みがとれる度に訪れていたイギリス。ローラ・アシュレイのロンドン本店ではデコレーターたちが椅子の張替えをしたり、主婦たちが、様々な布地のサンプルを手に自分の家のファニシング(布地全般)を選んでいる姿が見られる。こういったシーンを、初めてロンドンで見たときは、インテリアデコレーションレベルの高さに感動したものだった。(写真は、ロンドンのカーテンショップです)

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その後、何度かのイギリスへの旅を経て、突然、「もしかしたら住めるかもしれない」と、そんな気持ちになった。そのきっかけは、ロンドン市内のスーパーマーケットTESCOでのこと。日本人の若い男子学生が買い物カゴを片手に、日常の買い物をしている姿を見たとき、突然、胸がそわそわと落着かなくなった。早く私もこの国に住んでみなきゃ・・・・。そして、思わず店を飛び出して見上げた空が本当に青くて、さらに、そのとき、次々に私の目に入ってきたのは、イギリス色の美しい景色。住んでみたい!その気持ちは帰国後も胸に熱く、それは時を経ても鎮まることがなかった。I’d like to spread my wings!(飛び立ちたい)が口癖となり、とうとう、その数か月後、大きなスーツケースひとつを持ってヒースローに降り立った。初めての海外生活での戸惑いは、何をどこでどのようにしたらいいのかということ。そんな中で、多くの人との出会いが、目の前に次々と現れる海外特有の異質なできごとを、私の身体になじませてくれた。人間はみんな心は同じ。イギリスにもいろいろな顔がある。裕福な人もいれば貧しい人もいる。それは住宅事情にも大きく現れている。その中であえて、私たち日本人が学ぶといいだろうと思われる精神に注目して、私たちの暮らしをより豊かにするコツを考えたい。(写真は、ロンドンの雑貨店です)

T 暮らし・そこに流れる精神とは?

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1.美しい街づくりの背景にあるもの

以前、チャールズ皇太子が、テートギャラリーのコンペ案を見て、「私の大切な友人の顔にできたおできのような」と評したそうだが、数百年前の建造物が街並みを彩るこの都市では、新建材はそぐわない。街並みの美しさは、石畳、レンガや石造、黒く焼き付けた鉄の手すりやフェンス、木製の窓枠。ドアも木製・・・それらがいい具合に古びている。重厚な金具付き木製ドアもあれば、家族が好みの色に塗ったドアもある。新しく塗り直されたドアでさえ、異質な感じがしない。その理由はひとつ、歴史で作られてきた原則だけは踏襲しているからだ。80年代にロンドン市内で多く建造されたポストモダニズム建築は、明らかに歴史のアレンジである。つまり、ギリシャ・ローマ時代のプロポーションや装飾方法が、国民の中にしっかりと根付いているように思う。(写真はロンドンのポストモダニズム建築です)

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次に、日本と大きく違うのは、外観に古いものが多いということ。古いものは良質のものでなければ、美しく「古美る」ことはできない。その品よく年月を経た街並みに、緑が多く、玄関先や窓辺に花も多いのだから、とにかく、上質な美観でまとまっている。それだけに、日本以上に、上流階級が住んでいる地域と貧しい地域との差が、街並みからうかがえるのはとても寂しい。さて、日本の街並みが貧相なのは、電線がうるさかったり、看板が非常に主張しすぎていたり、建物の色・形も設計者やオーナーの自己本位からスタートしているからだろう。そして、もっと、大きな理由は「建材」なのだ。特に住宅、便利さだけが魅力、若しくは、家を提供する側の合理性に重きが置かれているのが現実だ。美しい街並みを形作れない一過性の建物の素材で、はたしていいものなんだろうか。(写真はロンドンの街並みです)

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さて、美しいといわれるようになるまで、この国にはいくつもの試練があった。「霧のロンドン」と言われるが、現在は、ロンドンの空は青い日が多い。その「霧(スモッグ)」とは、スモーク(煙)と霧(フォッグ)の造語。ウイスキーの銘柄としてその名前が使われているオールド・パーは、実在の人物ですが、彼の152歳の誕生祝いをするために、当時のチャールズ国王にロンドンに招待された直後に亡くなった。死因はロンドンの空気が悪かったためという。最悪だったのは第二次世界大戦後の1952年のことである。四日間に4000人の死者を出すほどのスモッグが発生した。そこで、1956年と1968年に「大気清浄法」が世界で初めて制定された。(写真はロンドンの空です)

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ちなみに、下水道整備も、すでに1800年頃から始まっている。それまでは、「ガーディ ルー(水にご注意を!)」と叫びながら、窓から外に汚物を捨てていたという。今でも、イギリスでは、トイレのことを「loo(ルー)」という。トイレの上品な言い方らしい。さらに、忘れてはならないのは、ロンドン市内の看板の美しさ。日本のような大きさや色使いの派手さを競うものはまず見当たらない。その理由は、1762年に制定された「道路舗装法」だ。ロンドン大火(1666年)以降、姿を消した木造建築に代わり、れんがや石の建築が主流となり、狭い路地に看板を突き出すことが流行り始めた。目立たたせるために大型化した結果、当然のことのように、落下事故が起こり始めた。そこで、この法律で、直角につきだす看板を規制すると、店の正面では看板を大きくするスペースもないため、徐々に小さく品良くなっていった。まちづくりが、日本各地で騒がれているが、このロンドンで制定された240年前の法律が、参考になるかもしれないというのは、なんとも恥ずかしい限りだ。(写真はロンドンのパブです)

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2.イギリスの家や暮らしに関する迷信

人種のるつぼといわれるロンドン。黒人、インド人、アジア人も多くいる。スーパーマーケットでレジに座っているのは、どういうわけか、でっぷりとした黒人のオバチャンが多いし、コンビニのようなナンデモ屋さんでは、アラブ系が多い。そして、街中のカフェでは、「アンタたち、なに食べるのサッ」風の‘はすっぱ’イギリス姉ちゃんが多いような気がする。さて、そんな中、イギリスで知り合った、貴重な(!)紳士淑女のご家族であるOWEN FAMILYのお宅は、いわゆる、日本で紹介される類の‘イギリス’一家。もちろん、庭にはイングリッシュガーデンはあるし、「Tea?」としょっちゅうお茶の時間がもたれる。居心地の良さに、私は、学校が休みになるたび、そのお宅にいりびたっていた。(写真はOWEN FAMILYとその庭です)

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ある日のこと、奥さんのSoniaが、庭のベンチでぼーっと庭を眺めているIan(ご主人)を見て、「イギリス男とMad Dog(気が触れた犬)は炎天下が好き」とため息をついた。庭づくりに精魂こめるイギリス人男性の伝統が連綿と続いている。庭に植えた植物や芝生の手入れ、畑では、じゃがいも、ルバーブ(かなり酸っぱい野菜だが、ジャムにするとおいしい)がメインだ。また、別の日、勝手口から出かけた私が、帰宅して家の正面玄関から入ろうとすると、ダメ!と家に入れてくれない。勝手口にまわれと言う。これは「家を出た入口から帰宅」しないと、その家との縁がきれてしまうという迷信を守っているため。さらに、「家の中で傘を広げてはいけない」という迷信もある。子孫が続かなくなるといわれている。私が大好きな言い伝えは、「クリスマスイブの日には願いことや欲しいものを書いて、暖炉に放り投げると、火の暖まった空気は、煙突の方にそのメッセージカードをふんわりともちあげ、サンタクロースに届けてくれる」というもの。迷信やことわざから、その国のスタイルが見えてくる。(写真はロンドン郊外の個人住宅です)

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3.誤解よ!誤解

イギリスの新聞や雑誌が日本のことを紹介するとき、「ウソ・おおげさ」は当たり前。たとえば、日本のおじいさんは長いヒゲをはやしている、日本の若い女性はみんな「三島由紀夫」が好き(今の20代の女性は三島由紀夫をどれくらいの人が知っているだろう)、もっとびっくりしたのは、あの知識階層のための新聞、The Timesでさえ、‘日本の子供たちは、人体解剖の授業をホンモノでしている’というのもあった。だけど、日本のメディアもイギリスに関しての記事はかなりかたよっている。窓辺に花を飾るとか、みんなカントリーが好きだとか、確かにそういう人や家もある。しかし、通常の人たちは、もっとシンプル。そういえば、イギリスの家庭ではキャンドルを灯して、夜の食事を愉しんでいるなんて、書いているのもあったけど、私の知る限りでは、一度もない。(B&Bやホテルではディナーのときにキャンドルを灯しているけれども)雑誌で見るイギリスは、ほんの一部の姿なのです、念のため。(写真は近日オープンのレストランのスケッチです)

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その反面、古いもので良いものを大切にするというのは事実かもしれない。家具は、おばあちゃんの代からというのは当たり前だ。(我々もおばあちゃんの代で使っていた桐の箪笥は、今時のハリボテ家具よりずっと良質なんだけど)日本の住宅と違い、レンガや石造りの家は壁が厚い、そして、壊す必要がないからリノベーション(改装)を行う。合板よりはムクの木が長持ちするということを国民がしっかりと認識していて、販売側の情報に惑わされないという人は、確実にイギリス人の方が多い。これは、後で述べるが、「自分の意思」を住まいにも持っているということなのだ。(写真はイギリスのカントリーハウスです。ここで宿泊できます)

U こんな住まい方があってもいい〜イギリスの家から考える住まい方

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1.引越しは、日本より簡単?

ヒースロー空港におりて向かったのはWANSTEADというロンドン郊外のホームスティ先。玄関の垣根からはラベンダーが道に向かってアクセサリーのように顔を出している家。不安でドキドキしている私を迎えてくれたのは、PeterとNili夫妻そして、ShinanとMerrisaの二人の小さな子どもだった。海外では靴のままで生活、そして、日本と違ってドアは内開き、家の中には靴のままで入る・・そんな英語の授業で習った当たり前のことにどぎまぎしたこと。年月を経たムクの床板が、靴のままでもやわらかかったこと。その日の全ての彩りを鮮明に覚えている。(写真はピーターファミリーです)

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ホームスティを終えて、次に住んだのはYWCA。世界中からの移民、留学生などが安い金額でスティできる。私の部屋は、5階にある8畳程度の二人部屋。ベッドふたつ、タンスふたつ、小さな洗面台がひとつ。そこに、イギリスでの目的、(もちろん、デザインスクールで勉強すること)をまっとうするために、事務所で借りてきた大きな机がひとつ。そうです。とにかく狭い。それでも、ルームメートと和気藹々と暮らして数か月。しかし、あまりの狭さに、息苦しくなってしまった。
「TO LET」(貸し出します)「Full furnished」(家具付き)の看板を探しつつ、交渉開始。そして、見つけたのは、Mariaという女性の暮らす家の二階の一部屋だった。この家での3か月、語りつくせないほどのできごとがあった。Mariaのヘンな夫の出現、Mariaのヘンな癖・・(これについてはまた別の機会に)、今となっては笑い話だが、当時は、怖くなって脱出。
最終的に帰国までの数か月、落着いたのは、1886年に建てられたバルコニー付きマンションの一室だ。家賃は高かったけど、快適さが満喫できたのは言うまでもない。 住まいを探すには、不動産屋をまわるのが手っ取り早い。ただ、世界共通だが、いい場所のいい部屋は値段が高い。それでも、「Full furnished」(家具付き)というのは、私のような長期滞在者にはとてもありがたい。気に入らなければ、すぐに引越しできる。日本の学生用アパートにそれがないのが不思議。(写真はロンドンの不動産屋です)

2.インテリアデコレーション

クラスメートの家にはよく招待された。どこのお宅もリビングには大きなソファ。暖炉もある。そこにはディスプレイのものも多く飾られている。リビングの床はカーペット敷きが多い。リビングがその家の顔といった感だ。壁紙、カーテンの布、ソファやクッションの布、そういったサンプルが手に入りやすいのがこの国のインテリア事情。デザインスクールの生徒だった私も、作品づくりのため、よくインテリアショップを訪れ、数多くのサンプルをもらったものだ。店の壁面にサンプルコーナーが通常あり、自由に取り放題の店さえある。それほど、一般の客がインテリアに興味を持ち、自分たちの判断で、インテリアを選ぶことができるということなのだ。

3.バスルームにあるもの

トイレ、バスタブ、洗面台は同じ部屋にあることが多い。バスタブは、家具であって、衛生器具ではないというポジションだ。出かけた先など、座ると冷たく真っ白な医療器具のようなトイレに座ると、日本が恋しくなってしまう。イギリス人が冷たいとか個人主義だとか言われる人が多いのは、このトイレのせいではないかと思うくらいだ。一方、家庭では、木製の便座を使用しているお宅が結構あった。木の肌触りは本当に良い。まさしく、これは家具だと思う。

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4.キッチンにあるもの

システムキッチンのような整備されたキッチンは、まず、どのお宅でも見かけない。ムクの木を使い、しかも、年月を経ているので、扉は重かったり、ずれていたり。でも、使い込んだものほど美しい。キッチンの窓からは、木枠の妙に重たい上げ下げ窓越しに見える、青々とした芝生の庭が広がっているお宅の多いこと!そんなナチュラルなものが、当時バブル経済真っ只中の日本より、ずっと優雅に生きるエレメントだって、つくづく思った。(写真は友人宅のフラットのキッチンです)

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IHはない。ガスか電気ヒーター(コイルで熱を出すタイプ)だ。IHは、今でもヨーロッパでは普及が遅い。その理由は、電磁波に対する見解が日本とは違うからだ。オーブンが活躍するのがこの国のスタイル。何でもオーブンに放り込んで調理する。若しくは、鍋でゆでる。料理をするかしないかは、もちろん、その家庭によって違うわけだが、スーパーへ行っても、食材はとにかく多い。野菜も果物も肉も魚も冷凍食品も充実している。イギリスの食事はまずい、というのは、旅行者が感じること。ひとたび、暮らせば、その国のおいしい食事がたくさん見えてくる。(日本でも、団体旅行で連れて行かれるお店はおいしくないでしょ?)野菜でも肉でも魚でも、その国の気候や水に合う料理法や調味料がちゃんとあるのだ。アップルクランブルという冷凍デザートがある。これは、オーブンで焼き上げて食べるのだが、りんごがおいしい国だから、この冷凍食品が売れる。りんごは、甘酸っぱく、歯ごたえはシャリッとしている。日本のりんごでは、こうはいかない。そして、キッチンに必ずあるのは、電気ポット。しかも、水を入れたら、あっという間に沸騰する。これも、「Tea?」大好き国民の証拠。この電気ポット、時々、酢を入れて一昼夜ほど放置しないと、真っ白になる。これは、硬水のせいだ。ヨーロッパの人の年配女性の足首が太いのは、石灰分が蓄積するからなんて言う輩もいた。(事実のほどは私も知らない)さらに、キッチンにあるもので、日本で見かけないのは、洗濯機だ。ドラム式なので、しゃがんで取り出す式である。私も、住宅の設計を行うときは、料理や後片付けと洗濯の関係にかなり気を遣うのだが、そもそもキッチンが広くなければ、洗濯と料理は共存できない。水回り、つまり、キッチンや浴室、洗面を近い場所にレイアウトすることは、ローコストの基本だが、何しろ、バスルームは、寝室の隣が西欧では多い。必然的に、キッチンから遠くなるケースが多い。したがって、キッチンに洗濯機を置く西欧スタイルにも納得がいく。(写真は近日オープンのレストランのスケッチです)

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シンク(台所・調理場の、流し)は、日本では、大きな鍋が洗えるためジャンボシンクが主流だ。日本ですたれたダブルシンクをイギリス人は使いこなしている。それもそのはず、洗剤に対しての認識がまったく違う。まず、食器を洗うときは、シンクに洗剤で泡だった水を入れ、そこへ皿やカトラリーを入れ、じゃぶじゃぶと洗う。その隣のシンクにも洗剤を入れた水が入っており、次にそこに入れる。最後は、泡がついたままの食器をふきんで拭き取る。決して流水ではすすがない。びっくりする私に「この洗剤は食べても大丈夫なのよ」と彼女たちは平然としたり顔だ。ところで、お風呂でも同じである。泡だったバスタブに身体をゆだねて、そのまま、つまり、身体に泡がついたまま、バスローブ若しくはバスタオルで身体を包み込む。オシャレといえば、オシャレなんだけど・・・・。(写真は一般的な住宅の玄関先です)

V人生も住まいも自立心から

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1.休日と住まい

仕事を休むときはきちんと休む。確かに、私がしばらくの間、お世話になったデザイン事務所でも、夕方5時になると「Finish!(終了!)」と、どんなに忙しくとも事務所を追い出される。ケジメなのか、それとも、もともと働かない人種なのかわからないが・・・。また、個々のスタッフは、「明日、休みます」という言葉を上司に言うとき、非常に、潔い。まさしく、権利を行使するといった風だ。「What do you want?(あんた、何がしたいの?)」という言葉が、日常会話でもよく聞かれる。まわりくどい言い方は通じない。意見を言わない人はまず、存在さえも認めてもらえない。「私はこれが好き」「これは嫌なの」この明確さが、この国ではとても重要だ。住まいに対しても同様である。それぞれが、自分の好みを明確に持っている。日本のように「おまかせ」はかなり少ない。そういった客の要望に応えるべく、インテリアショップの種類は多く、それぞれ個性を持ち、商品充実度も高い。したがって、イギリスのインテリアデコレーターは、センスのみならず歴史やアート、文化に対する知識教養を高めていないと、精神や目の肥えたインテリア客に対してアドバイスなどできようがない。まずは、自分を知り、自分を表現できること。家づくりも専門的な部分は専門家が行わざるを得ないが、そこに住む人がどんな暮らしをしたいのかを住む人たちで話し合うことが大切だ。できあがった家に家族を合わせるのではなく、どのように家やインテリアを合わせていくか。さらに、我々が忘れがちなことは、家は寝るだけ、食事をするだけでの場ではない。そこは、家族の文化が形成される場だ。視点を変えると、住まいづくりは本当に楽しい。(写真はロンドンのレンガ街並みです)


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