平成24年度

●百年目の「春の祭典」(3月1日号掲載分)

 ストラヴィンスキーというロシアの作曲家をご存知でしょうか。彼の代表作に「春の祭典」というバレエ音楽があります。20世紀近代音楽の最高傑作とも言われています。しかし、複雑なリズムや不協和音に満ちたあまりに革新的な音楽だったためか、1913年5月にパリで行われたその初演は、野次、罵声が飛び交い、けが人も出る程の大騒動となったと語り継がれています。この衝撃の初演から、今年はちょうど100周年の記念の年に当たります。
 いよいよ3月20日から瀬戸内国際芸術祭2013が始まります。今回は、春、夏、秋の3期の分散開催です。初演から100年目に、音楽から美術に形を変えてこの瀬戸内の地で「春の祭典」が再演され、それが世界に大きく発信されます、というと大げさでしょうか。
 この芸術祭に併せて、高松市でもさまざまな関連イベントを展開して芸術祭を盛り上げることとしています。その一つとして、昨年国の重要文化財に指定された玉藻公園の「被雲閣」を会場に、地元の食材を取り入れた会席料理を、地元漆芸家や陶芸家が制作した器などを使い、ご賞味いただく「さぬき匠の雫」を開催します。会場内には、盆栽や庵治石作品を展示するほか、大書院において和太鼓など地元の伝統芸能を披露することとしています。
 民間主催の各種イベントも花盛りで、芸術祭との相乗効果で盛り上がることと思います。中でも音楽の一大イベントとして、「日本フルートコンヴェンション」が8月にサンポートホール高松で開催されます。日本フルート協会が2年ごとに開催する大会で「フルートの祭典」ともいうべきもの。国内外のフルーティストはもちろんのこと、関連する音楽家、愛好家、製作者、関連各社など、フルートに関わるすべての人がフルート王国香川に一堂に会します。
 楽曲「春の祭典」の演奏では、珍しいアルト・フルートを含めた管楽器群が大活躍します。「日本フルートコンヴェンション」が芸術祭と併せて、さながら「夏の祭典」として大いに盛り上がり、その勢いがそのまま「秋の祭典」へと続き、大団円となることを期待しています。

●「創造的脱皮のために」(2月1日号掲載分)

 今年の干支は「癸巳(みずのとみ)」です。動物では「蛇」に例えられます。1月4日、仕事始め式の挨拶で、私は、「一昨年、昨年と職員による不祥事が続きましたが、私をはじめ、市役所職員一同、蛇が脱皮をするがごとく、生まれ変わった新たな気持ちで業務に取り組み、市民の皆様の期待に応えていただきたい」と訓示をしました。
 併せて、「独創指向」、「未来志向」、「世界指向」の3つの指向を心がけ、「男女間連帯」、「世代間連帯」、「地域間連帯」の3つの連帯を意識してほしい、ということを話しました。これは、社会保障制度や税財政制度をいかに改革して行くべきかを議論する時に、よく引き合いに出されるスウェーデンの国家戦略として、研究者が紹介していたもの(注)を私なりに解釈し、整理し直したものです。スウェーデンは、50年以上前に世界で初めての付加価値税を導入して以降、さまざまな試行錯誤を行いながら、「強い財政」と「強い福祉」を両立させ、経済発展も遂げてきた世界でも有数の福祉国家として知られています。
 3つの指向のうち、「独創指向」とは、目標を実現するのにもっとも適切と思われる施策を、他の真似をするのではなく、自らの頭でとことん考えようということです。「未来志向」とは、将来ヴィジョンを見据え、そこからバックキャスティングして、今成すべきことは何かを考え、実践しようということです。「世界指向」とは、既存の我が国の現行制度だけをよしとせず、世界の優良事例を紐解きながら自らを変えていく、その視野の広さを常に持とう、ということです。
 人口減少、超高齢化社会という現実をマイナスに捉えるのでなく、活力を失わずに希望をもって次の世代にこの街を引き継いでいくために、この3つの指向と3つの連帯を常に心がけて仕事に当たっていただきたいと話しました。そうすることにより、私が二期目のマニフェストのテーマとした「高松クリエイティブ・イノベーション」、日本語で巳年にちなんで言えば、高松の「創造的脱皮」が図られるものと確信しています。
 (注)早稲田大学教授 岡澤憲芙氏講演録「第36回行財政研修会東京セミナー講演シリーズ 福祉社会を考える」(一般社団法人 地方行財政調査会)

●「初凪(はつなぎ)に祈る」(1月1日号掲載分)

 新年の季語に「初凪」があります。元日の海が穏やかになぎわたることをいいます。同時に、正月を迎えた読み人の心の清らかさや落ち着き、また静かな決意を感じることができる季語だと思います。
 初凪の島は置けるが如くなり
           高浜虚子
 穏やかな元旦に高松から女木島、男木島や大島、また遠く直島や豊島を眺めた様子がぴったり当てはまるような句です。
 初凪に島の祠の昼灯
           久米三汀
 こちらは、島に渡ると小さな祠の正月灯りが明々としていて、その様子にめでたさと希望を感じることができた、というところでしょうか。
 いよいよ3月20日から2回目となる瀬戸内国際芸術祭2013が始まります。「海の復権」をテーマとして、「民俗、芸能、祭、風土記という通時性」と「現代美術、建築、演劇という共時性」を交錯させ、瀬戸内海の魅力を世界に発信するプロジェクトであるという基本的なコンセプトは変わりません。前回の成功の基盤に立って、芸術祭と地域とのさらなる発展を祈りたいと思います。
 歳時記の「初凪」の解説には、「凪というのは、海上・水辺のみに起こる現象ではなく、平野が尽きて山が始まる地帯にも生じるのだから、取材の範囲は広い」(注)とあります。島や港だけでなく、内陸部においても芸術祭の関連イベントを展開するなどして、市域のあちこちで明るい活力が生まれてくるような年となるよう願っています。
 ところで、高松市が新しく作成した移住ガイドでは、「海、島、まち、山がみ〜んな1時間圏内。「暮らしやすい!」って、こういうこと。」と高松の特徴を宣伝しています。芸術祭にやってくる多くの若者達に、高松のまちや山の魅力も大いにアピールして、U・J・Iターンなどにつなげていきたいとも思っています。皆さんも来られた人に問いかけてみてください。「小さいからこそ豊かな暮らし。さあ、余った時間で、あなたなら何をしますか?」
(注)「合本俳句歳時記新版」(角川書店)
(参考)「暮らしスリム化計画、始める。」(高松市移住ガイド)

●「震災復興と芸術と宗教」(12月1日号掲載分)

 夜9時を過ぎて盛岡駅に降り立つと、秋の冷気に身が引き締まりました。そして駅前に「ジョバンニ」と書かれた看板を見つけると、心が沸き立ちました。今年の全国都市問題会議は、去る10月11日と12日の2日間、宮沢賢治が中学、高校時代を過ごした岩手県盛岡市で開催されました。
 東日本大震災の被災地でもある盛岡において、「都市の連携と新しい公共―東日本大震災で見えた『絆』の可能性―」と題して、災害対応において自治体が直面した課題などについて、議論を深めようというのが会議の趣旨でした。その中で一般報告をされたお二人の話が示唆深く、印象に残っています。大阪大学教授で演劇家の平田オリザさんと平泉文化遺産センター館長の大矢邦宣さんです。
 平田オリザさんは、被災地の復興に必要な巨大な財政支出は、市民の自己判断能力を失わせ、地域の持続的な自立を妨げる可能性があることも否めない、と言います。そしてその「復興のジレンマ」を克服する「文化による社会包摂」の重要性を説かれていました。そして「東北、被災地が真の自立を目指すならば、そこに暮らす民草の一人ひとりが芸術家となって感性を磨き、地域の付加価値を高めていく以外に近道はない。」と言い切られました。
 大矢邦宣さんは、東日本大震災の3か月半後の6月29日にユネスコの世界遺産に登録された平泉の価値について分かりやすく説いてくれました。金色堂の光で満たし尽くされることにより遺体を保存し、弥勒菩薩(みろくぼさつ)が下生する56億7千万年後にこの世に復活して「みちのく」を平和な「この世の浄土」にしたい、という藤原清衡(きよひら)の思いが現代まで受け継がれているところに平泉の最大の価値がある、と話されました。「絆」とは関心を持ち続けること、それが三陸の「復光」につながる、というまとめは特に感銘を受けました。
 平田オリザさんが講演の中で引用した宮沢賢治の「農民芸術概論綱要」の一節にこうあります。
「曾つてわれらの師父たちは乏しいながら可成楽しく生きてゐた
そこには芸術も宗教もあった」
 震災復興にも、芸術や宗教による支えが求められています。

●「十三夜と高松城址薪能(たかまつじょうしたきぎのう)」(11月1日号掲載分)

 「十三夜」という樋口一葉の短編小説に、「今宵(こよい)は旧暦の十三夜(や)、旧弊(きゅうへい)なれどお月見の真似事(まねごと)に団子(いしいし)をこしらえてお月様にお備え申せし」(注)とあります。「十三夜」は旧暦9月13日の夜のこと。今年は10月27日がそれに当たります。古くから、旧暦8月15日の「十五夜」の中秋の名月とともに、この季秋の名月を「後の月」とも言って、愛でて鑑賞する風習があったようです。
 この「十三夜」のちょうどひと月前の旧暦の8月13日に当たる9月28日の夜、玉藻公園桜の馬場で10年ぶりとなる「高松城址薪能」が開催されました。当日は秋晴れの空が広がり、絶好のコンディション。彼岸を過ぎて日もだいぶ短くなり、暮れなずむ空にひと月早い十三夜の月が昇り、若干控えめながらも煌々(こうこう)とした輝きを放っていました。玉藻公園の桜の馬場への道の脇には、見事な松盆栽が飾られ、また、庵治石などを使った石あかりが足下を照らして、雰囲気を盛り上げていました。新涼の張りつめた空気の中、虫の音がわずかに聞こえ、舞台前に4本しつらえられたかがり火のあかりとこの月のあかりに照らされて、幽玄で典雅な世界が繰り広げられました。
 この薪能は、日本の誇るべき伝統芸能である能楽の普及宣伝活動を行っている「NPO法人せんす」の代表 橋岡佐喜男さんが、自分を能の世界に導いてくれた祖父橋岡久太郎さんの生まれ故郷である高松の地でぜひとも薪能公演をやりたいと、企画を持ち込まれたものです。文化庁の文化遺産を活かした観光振興・地域活性化事業に選定され、本体事業は文化庁の助成によりほとんどが賄われました。
 演目は、狂言「棒縛(ぼうしばり)」と能「船弁慶(ふなべんけい)」。いずれも一般になじみのある分かりやすいものでした。特に船弁慶は今年の大河ドラマ「平清盛」にも繋がり、源平合戦の古戦場である屋島を有する高松で演じられることは非常に時宜を得たものとなりました。また、今年は玉藻公園の披雲閣が重要文化財の指定を受けたこともあり、記念のお祝いの舞としても意義があったと思います。
 薪能公演の2日後の中秋の名月。台風の影響を受け、十分楽しむことができなかった人も多いことと思います。さて、今年の「後の月」は如何(いかが)でしょう。
(注)「たけくらべ 樋口一葉」(集英社文庫)より 

●「シャルトルから高松に(日仏自治体交流会議)」(10月1日号掲載分)


 「Nous vous attendons à Takamatus,en automne 2014.(ヌ ブ ザタンドン ア タカマツ、アン ノトンヌ ドューミルキャトーホズ)」(2014年秋に、高松でまたお会いしましょう)
 8月末、第3回の日仏自治体交流会議が開催された、フランスで最も美しいとも言われる世界遺産の大聖堂を持つシャルトル市の劇場の舞台から、次期開催地の市長として挨拶をしてきました。併せてビデオで栗林公園、松盆栽、現代アートなど、高松の魅力を紹介して、多くのフランスの関係者から「素晴らしい。是非行きたい。」と大変好意的な言葉をかけてもらいました。
 この日仏自治体交流会議は、日仏修好通商条約締結150周年を記念して、2008年10月に、第1回がナンシー市で開催されました。2010年5月に金沢市で第2回が、そして今回、第3回がシャルトル市で開催されました。日本とフランスで姉妹都市提携を結んでいる自治体の首長や幹部が一堂に会して、両国の地方分権の推進のために地方自治の状況を理解し合い、課題を持ち寄り議論するという、かつてない画期的な国際会議です。
 フランスと言えば、多くの日本人が憧れる文化芸術の国。また、食料自給率120%、世界第2位の農業大国であり、フランス料理で知られる食文化が豊かです。さらに、女性の社会進出が盛んで、先進国でいち早く出生率2.0を回復しています。日本が見習うべき点が多いと思っていますが、フランスから見ても、日本は非常に魅力的に映るようです。例えば、日本のマンガ・アニメの人気は非常に高く、寿司などの和食もブームになっています。
 高松市の紹介の最後に、「海辺のカフカの舞台は高松です。高松に来るとカフカ少年に会えるかもしれません。」と案内すると、その反応は予想以上のものでした。村上春樹氏の作品はフランスでも非常に人気があり、多くの人に読まれているのです。
 日仏間には、お互いに心を通じ合える文化的な共通言語が多くあるように思えます。それを大切にしながら、姉妹都市であるトゥール市や関係機関と協力して準備を整え、2年後の秋の高松での交流会議を是非成功させたいと考えています。

●「高松つながっていい友!」(9月1日号掲載分)

 8月1日にオープンした「四番丁スクエア」から、市民の皆様にコミュニティに関する情報を発信しようというトーク番組、「高松つながっていい友!」がスタートしました。
 「四番丁スクエア」とは、旧四番丁小学校の南北棟を耐震補強・改修してできた、市埋蔵文化財センター、コミュニティ協議会連合会等事務局、市民活動センター、創造支援センターという4つの施設の総体的名称です。廊下に紹介パネルが展示されている菊池寛や向田邦子、十返肇といった有名人も在籍した歴史と伝統のある旧四番丁小学校が、新しく文化財、コミュニティ、市民活動、ボランティア、産業振興などの分野をつなぐ複合施設として蘇りました。さらに、北側一帯には緑地帯を整備し、江戸時代の高松の水がめである「亀井戸」遺構の復元展示とともに、この地に屋敷を構えていた西嶋八兵衛の功績や、水にかかわる伝説などを紹介したパネル展示を行っています。地域の歴史も学びながら、現代の私たちの生活が、さまざまな形で先人達とつながっていることを確認できる空間となっています。
 その「四番丁スクエア」の中の市民活動センターのスタジオからユーストリームを活用して、「高松つながっていい友!」のインターネット動画中継を行います。名称は、テレビ番組の「笑っていいとも!」の吸引力と情報発信力にあやかりたい、という思いでつけられたもの。コミュニティに関する気軽なトーク番組で、人と人との「つながり」を大切にしようと呼びかける内容です。私は、第1回ゲストで出演しましたが、毎回ゲストを招いて、次のゲストを紹介してもらいながら話をつないでいく、という構成となっています。
 旧小学校の跡施設には、独特の雰囲気が漂います。教室の壁や廊下に子ども達の感情や思いがとどめられているようで、中にいると、不思議な親近感を感じます。人と人とのつながりの大切さを伝えていくのにふさわしい場所だと思います。「高松つながっていい友!」をきっかけに、コミュニティの再生に向けて、さまざまな市民活動がさらに活発になっていくことを期待しています。

●「養生訓(ようじょうくん)に学ぶ」(8月1日号掲載分)

 「養生訓」という江戸時代に書かれた本があります。貝原益軒(かいばらえきけん)という人が84歳にして体と心の健康法としてまとめたものです。人間が健康で幸せな人生を送るための養生の術が事細かに記されています。現代社会に生きる我々が、忙しさにかまけて忘れがちになる基本的な心の持ちようや伝統的な良い生活習慣の記述に、はっと気づかされる箇所が数多くあります。
 香川県は糖尿病の受療率が全国でもっとも高く、その改善が大きな課題となっています。糖尿病は典型的な生活習慣病です。予防するには、日々の食事や運動などの生活習慣の改善が非常に重要だとされています。そこで、見直されるべきがこの養生の考え方とその方法です。
 まず食事。「養生訓」でも、食事に関して、具体的な食材や調理法まで詳しく言及されています。基本は少量主義です。「食すくなければ…病すくなくして身つよくなる。」、そして、「飽食をさけよ」として「珍美の食に対すとも、八九分にてやむべし。十分に飽き満るは後の禍あり。」とあります。鳥や獣の肉を少量にし、野菜を多くとることも推奨されています。
 運動の重要性も説かれています。適度な労働、適度な運動を養生の大切な方法として主張しています。「朝夕の食後に久しく安坐すべからず。」、「食後に毎度歩行する事、三百歩すべし。おりおり五六町歩行するは尤もよし。」と、現代でも広く勧められる散歩の効用について明確に記されています。車依存で「歩かん県」(注)は交通事故と糖尿病が多い、と言われ続けないよう、健康の原点に立ち返り、養生して汚名返上することが必要だと思います。
 益軒は「養生の四寡(しか)」として、「おもひをすくなくして神を養ひ、慾をすくなくして精を養ひ、飲食をすくなくして胃を養ひ、言をすくなくして気を養ふべし。」と言っています。思案も欲望も飲食も発言も、少なめが良いと言うことです。そして神経、精力、胃腸、気力を養いながら、健康で長生きすることが幸せであると説いています。人生の過ごし方の基本は、300年経っても不変で普遍です。

(参考)「養生訓・和俗童子訓(わぞくどうじくん)」(岩波文庫)
(注)平成24年7月4日付四国新聞一面記事より 

●「I’m here. ここに居るよ!」(7月1日号掲載分)

 7月1日、大的場にある市民プールがリニューアル・オープンします。改修工事に併せて全面的にアートを導入し、夢のある芸術性あふれる快適な施設として生まれ変わります。
 テーマは、「I’m here. ここに居るよ!」。デザインを担当したのは、瀬戸内国際芸術祭において、男木島で「雨の路地」というシュールな作品を制作した谷山恭子さん。「今、自分がどこに居るのか、海岸沿いの平たい景色のプールは、自分と地球の関係を感じるのに適している場所と考え、地球と自分の繋がりや自分の存在を感じる仕掛けになっている」とのことです。
 プールと聞くと思い出すのは、小学校時代の水泳特訓の日々です。選手に選ばれた私は、夏休みに入る少し前から大会までの一ヶ月ほど、太陽がギラギラ照りつける中、毎朝学校のプールでひたすら泳いでいました。施設は今ほど良くはなく、プールサイドは砂のざらざらした感触が残り、足の裏が熱くてたまらず、否応なく早歩きをしなければならないような状態でした。でも、特訓が終わった後飲ませてもらった、やかんに入った温かい飴湯の美味しさは格別でした。
 当時、泳いだ後に入った水を蒸発させて抜こうと、寝転がってプールサイドの床に耳を当ててじっといることが好きでした。その時なぜか、地球の奥の広大な世界の不思議な音を聞いているような気分になったものです。今回の市民プールのリニューアルコンセプトを聞いた時、小学生の私は、まさにプールサイドで「ここに居るよ!」と地球と話そうとしていたのかもしれない、と思えてきました。プールは、少年をそんな気にもさせるところです。
 高松市民プールは、昭和53年にオープンして以来、のんびり泳げるレジャープールとして、幼児から大人まで幅広く親しまれてきました。今回のリニューアルを機に、さらに多くの人々に愛されるプールとなることを願っています。特に、世界と繋がる海と一体化した美しいプールで、子どもたちが「I’m here. ここに居るよ!」と笑顔で手を振っている、そんなイメージが定着するプールになってほしいと願っています。

●「平氏と高松」(6月1日号掲載分)

 今年のNHK大河ドラマは「平清盛」です。清盛の時代に栄華を極めた平氏と高松のつながりと言えば、源平合戦屋島の戦いがすぐに挙げられますが、市内にはその他にも、縁(ゆかり)の地や興味を引く話が残されています。
 その一つが仏生山町にある平池の話です。この池は1178年、平清盛の命令を受けた阿波民部(あわのみんぶ) 田口成良(たぐちしげよし)によって築造されたといわれています。そして、そのときに人柱になった少女の「いわざらこざら」(言わなければよかった、来なければよかった、の意)という伝承が残っていて、池のほとりに建つ「乙女像」がやるせない物悲しさを今に伝えています。
 また、香川町東谷地区の祇王山(ぎおうやま)の麓にある専光寺の門前付近で、清盛が寵愛した白拍子の祇王(ぎおう)とその妹祇女(ぎにょ)が、清盛から逃れて一時暮らしていたという伝説もあるそうです。(注)ちなみに、この地に近い香川町東谷には、江戸時代から180年以上の歴史を誇る「祇園座」という農村歌舞伎の一座が残されていますが、この名は、朝夕仰ぐ祇王山にちなんで名付けられたとのことです。「祇園座」は、芸能をよしとした祇王・祇女姉妹が隠棲した地にふさわしく、今もその伝統を守り、活発に活動が続けられています。
 1181年に清盛が没すると、「おごれる人も久しからず」と語られるままに、平氏は落ちぶれていきます。1183年に戦いに敗れ都落ちした平氏は、九州に移動し、その後兵力を整えて屋島に滞在、牟礼町六万寺に天皇の行在所を置き、京都凱旋に備えます。その時、幼帝安徳天皇を慰めるために披露されたのが、現在も六万寺に伝わる「田井の子供神相撲」であるといわれています。
 その後はご承知のとおり。一の谷の戦いから屋島の戦いを経て、最後の壇ノ浦の戦いで平氏は滅亡します。
 ところで、平氏が注目を集めるこの機に、平家物語の名場面にもなっている名場面にもなっている「屋島・檀ノ浦」の魅力を広く発信、PRしようと、11月に「現代源平屋島合戦絵巻」というイベントを計画しています。瀬戸内国際芸術祭のプレイベントとして位置づけ、多くの市民の参加を得て、アートや音楽で盛り上げたいと考えています。
(注)「讃岐の風土記by出来屋」
   http://dekiya.blog57.fc2.com/

●「ちゃりん」という春の音(5月1日号掲載分)

 自転車が一番似合う季節は、入学や就職のシーズンである春でしょう。この4月、自転車に関係する新しい二つの施策が動き出しました。
 一つが、8日に全線開通した自転車道です。番町一丁目から昭和町交差点までの約1.0キロメートルの整備が完了し、供用開始しました。車道の車線を減少させて自転車専用レーンを設置したもので、全国的にも先駆的な取り組みです。若干渋滞が増し、タクシーの乗降車時などに注意が必要など課題はありますが、格段に、自転車と歩行者の安全性と利便性は増したものと思います。
 もう一つが、16日から始まった丸亀町商店街における自転車乗り入れ禁止社会実験です。ご承知のとおり、丸亀町は再開発事業が進み、全国の商店街の活性化の模範例として視察者も相次いでいます。そんな中で、「せっかく街がおしゃれになっても、自転車がびゅんびゅんとばして安心して歩けない」という類いのクレームも多数寄せられているようです。そこで、買い物客が安心して通行できる環境を整えようと、自転車乗り入れ禁止の社会実験を行うこととしたものです。これまでは、規制すると客が減るとの思い込みがあり、商店街からは言い出せなかったそうです。そこを今回、広場を持つG街区オープンを契機に、商店街と、市、警察、市民、みんなでこの問題を解決しようと取り組むこととなりました。早くも「まちをゆっくり楽しむ雰囲気が出て非常に良い」と好評を博しています。市民の合意が得られれば、そのまま本格規制へと移行したいと思っています。
 また、今後市内約140店舗のコンビニエンスストアに空気入れを常備する「ちゃりんこ救急ステーション」設置事業や、自転車周遊コースを掲載した観光施設めぐり「ちゃりんこマップ」の作成も実施していきます。
 健康志向と環境意識の高まりによって、自転車に乗る人は増えています。「ちゃりんこ」の名の元となったと言われる、呼び鈴の「ちゃりん」という音。春に似合う音だと思います。自転車に乗る人も歩く人も、「ちゃりん」という音を笑顔で聞きながら行き交える、ちゃりんこ安全便利都市を目指したいと思います。

●「創造都市(そうぞうとし)へ発進」 (4月1日号掲載分)

 創造都市という名は、聞き慣れないものかもしれません。簡単に言えば、「創造的な文化の営みと革新的な産業活動の連環により、まちを元気にしている都市」(※1)のことです。
 私は、昨年4月の市長選挙に当たり、「創造性豊かな海園・田園・人間都市へ」というテーマをマニフェストに掲げました。いわば、高松ならではの創造都市の実現を公約の柱としました。そしてこの4月の組織改正で、新たに創造都市推進局を設置することとしています。組織を一つにまとめて、産業、観光と文化芸術やスポーツなどの施策を一体的に展開しやすくして、相乗効果を生んでいこうというものです。文化芸術より経済が優先だ、という根強い意見があります。しかし、私はどちらも大切であり、むしろ両者を関連づけて施策展開を図ることにより、より大きな効果と、まちづくりにとって好ましい結果がついてくると考えています。瀬戸内国際芸術祭や高松国際ピアノコンクール、アジア太平洋盆栽水石大会の成功はその実証例です。
 丹下健三氏設計の香川県庁舎など優れた建築物を手がけ、デザイン知事とも呼ばれた金子正則氏は、今から約半世紀前の経済成長最優先の時代にあって、「政治も芸術も、究極の目的は同じ、いずれも人の心を豊かにするために捧げられるべきものだ」、「文化的な裏づけのない政治や経済は本物ではない」と言いきっています(※2)。その類まれなる洞察力、先見の明に敬意を表したいと思います。
 文化芸術とともに、伝統的なものづくりも大切にしたいと思います。金沢市は、金沢箔、加賀友禅など、伝統工芸が息づく手仕事の町として、クラフト分野でユネスコの創造都市に登録されました。高松市でも、松盆栽、香川漆器、庵治石などの特産品とその産業は、創造都市実現のための重要な要素として、振興を図っていくべきだと考えています。
 文化芸術振興条例(仮称)やものづくり基本条例(仮称)の検討もこれから本格化させます。高松らしい創造都市の実現に向けて、いよいよ発進です。
(※1)金沢市ホームページより
(※2)「高志低居」
    (金子正則先生顕彰会 編)

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