旧新塩屋町小学校門柱

建造物

指定区分   市指定有形文化財

指定年月日 平成23年3月8日

所在地    市総合教育センター(高松市末広町5) 「たかまっぷ」で地図を表示する

解説
 花崗岩製の門柱は、主門とその両脇に付属する脇門の2対4基からなる。主門の門柱は断面長方形で、基底部は土台状にひとまわり大きく、柱の上部4面には浅い六角形の彫込みによる装飾が施され、頂部は四角錘の笠形となる。笠と柱の間にコンクリートが認められることから、別造りである可能性が高い。地上高3.35メートル、断面幅42センチ、奥行き33センチを測る。脇門の石柱は主門とほぼ同形式であるが、やや小振りで、地上高2.93メートル、断面正方形で30センチ角を測る。門の開きは主門が3.08メートル、脇門が1.14メートル、門全体の幅は7.14メートルを測る。
 門柱は高松市立鶴屋町尋常小学校(昭和16年4月に鶴屋町国民学校に改称)の校舎建築が始まった明治30年(1897)頃に設置されたと考えられる。その後、約50年間正門としての役割を果たしてきたが、昭和20年(1945)7月4日未明の高松大空襲によって鶴屋町国民学校は校舎が全焼し、爆撃や機銃掃射にも耐えて残ったのは4基の門柱だけであったという。同校は昭和21年(1946)3月に閉校となったが、23年(1948)4月1日に開校した新塩屋町小学校の正門として現在地に移設され、以後平成22年3月31日の閉校まで62年間にわたって威風堂々たる姿で学校を守ってきたものである。
 長年の風雪と戦火に耐えて、多くの新入児童を迎え、また卒業生を送り出し、学校施設と学童の安全を見守ってきた花崗岩製の門柱は、鉄製の門扉や門飾りの取付け・取替え穴が残り、数次にわたる改修を経ながらも、学校の歴史を伝える貴重な遺産として保存されてきたことを物語っている。本市における小学校教育草創期からの歴史の重みを十分感じさせるとともに、製作当時の気品と風格をよく伝え、他に類を見ないものである。

旧新塩屋小学校門柱 


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