庵治の船祭り

無形民俗文化財

指定区分   県指定無形民俗文化財

指定年月日 平成21年6月26日

所在地    庵治町才田

解説
 庵治の船祭りは、皇子神社で毎年実施されている夏祭り。神社(王の下)の下の江の浦でダンジリを練ったあと、船に乗り、獅子舞を演じ、そのあと、御旅所(新開)まで船で海上を渡り、同様なことをしたあと、また神社に戻る。地元では「船祭り」として知られている。
 皇子神社の起源は不明だが、元和6年(1620)に海上の守り神として海際の江の浦(皇子神社の浜)に再興されたとされている。江戸時代末頃の様子を描いたと推測される「讃岐国名所図会」の王子権現の項に、天和元年(1681)に御殿山に別荘を持っていた高松藩主松平頼重の命により、江の浦の北にある山の中腹に移されたと記されている。そして、船で海上を渡御するのはこの頃より始まったとも伝えられている。また、同図会には、庵治の風景として、海上の船渡御の様子が描かれている。
 祭りには、獅子舞3組とダンジリ1組が出る。ダンジリは、鋲打ち太鼓を中心に据え、周囲を囲む3人が打つもので、長いかき棒を2本通して担ぎ上げる。一般的に「太鼓台」と呼ばれているものと基本的な構造は同じであるが、少年少女もたくさんまじって周囲でさかんにはやしたて、あちらこちらへと動く。また他に、子ども用のダンジリ2組も出るが、船渡御には加わらない。2日目の夜には、神社下の海岸(江の浦)に、漁船3艘を連ねて上部に屋台を設置した船5組が並べられる。神輿を載せる神輿船1組、獅子舞3組を載せる獅子船3組、ダンジリを載せるダンジリ船1組である。神社境内から降りてきた神輿は神輿船に乗せられ、ダンジリは江の浦で練った後、ダンジリ船に積み込まれる。その後、3組の獅子船の屋台で、獅子舞3組が同時に舞う。獅子舞が終わると、5組の船は船団を組んで対岸の御旅所へ向かう。御旅所でも江の浦同様にダンジリを練り、獅子舞3組が船上の屋台で舞う。獅子舞終了後、5組の船は船団をなして海上を渡り、神社へ還る。
 県内では船の登場する祭りがいくつか見られるが、船に設けられた屋台上で獅子舞が行われること、神輿、ダンジリ、獅子舞を載せた船が船団を連ねて海を渡る船渡御(ふなとぎょ)に特色があり、県内の船を用いた祭りの発展過程や地域間の交流を検証する上で重要である。

写真


もどる

↑このページの上へ